笠置シヅ子と夫の出会いから馴れ初めまとめ!一目ぼれで恋に落ちた2人!

笠置シヅ子

2023年度後期のNHKの朝ドラとして、10月から「ブギウギ」が放送開始されます。

「ブギウギ」のモデルになっているのは、パワフルな歌声でブギの女王「笠置シヅ子」さんです。

代表曲「東京ブギウギ」は70年以上も前の曲ですが、誰しもが1度は聞いたことがあるのではないのでしょうか。

そんな、ブギの女王の夫との出会いから出産、晩年の笠置シヅ子さんについてまとめてみました。

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目次

笠置シヅ子プロフィール

引用元:朝日新聞

笠置シヅ子(本名:亀井静子)さんはは、戦前から戦後にかけて活躍し、「ブギの女王」として一世風靡しました。

特に躍動感のあるリズムの楽曲と派手なダンスパフォーマンスを導入したことで革命的な存在となったと言われています。

美空ひばりさんが登場するまでは、笠置シヅ子さんがスーパースターとして芸能界に君臨していました。

笠置シヅ子は養女だった

1914年(大正3年)8月25日に香川県大川郡相生村(現在:東かがわ市)で生まれましたが、
生後間もなく父親が亡くなり、母親は笠置シヅ子さんを連れて実家に戻りました。

しかし、笠置シヅ子さんの母親の母乳の出が悪かったそうで、偶然出産の為に大阪市福島区から帰省していた女性に母乳を分けてもらっていました。

そして、その母乳を分けてくれていた女性が自分の子供と笠置シヅ子さんを大阪へ連れ帰ることになり、
笠置シヅ子さんは養女となりましたが、その事実に笠置シヅ子さんが気付くのはずっと後の話しです。

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笠置シヅ子と夫の馴れ初め

1943年6月、笠置シヅ子さんは名古屋で公演中だった先輩役者の楽屋を訪ね、吉本穎右(よしもとえいすけ)さんと出会います。

吉本穎右さんは当時まだ、19歳で早稲田大学の学生でした。

二人はお互いに一目惚れし、恋に落ちたそうです。

翌年には結婚の約束を交わす2人ですが、ここで予想外の出来事が起こってしまいます。

なんと、吉本穎右さんの母・吉本せいさんが2人の結婚に反対し認めてくれませんでした。

そんな時、吉本せいさんは笠置シヅ子さんが妊娠していると知り、

芸能界を引退するなら2人の結婚を認める」という条件を笠置シヅ子さんに出します。


笠置シヅ子さんは迷いましたが、芸能界を引退する事を決意して、
吉本せいさんから、結婚のお許しをもらうことができたのです。

しかし、結婚を目前にして吉本穎右さんの持病の結核が悪化し、1947年5月19日に亡くなってしまいます
吉本穎右さんは、25歳でした。

笠置シヅ子と吉本穎右の間には娘・亀井エイ子がいる

笠置シヅ子さんの娘は亀井エイ子さんで現在76歳です。

テレビなどのメディアへの露出はほとんどないようです。画像は、唯一見つける事ができた「ザ・偉人伝」に出演されている亀井エイ子さんです。

引用元:X
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晩年の笠置シヅ子

引用元:YouTube

結婚の約束を交わしていた吉本穎右さんが亡くなってしまい、笠置シヅ子さんは1人で娘・亀井エイ子さんを出産し、独身を貫き通しました。

生まれたばかりの我が子を守るため、そして生きるためにブギを歌った笠置シヅ子さんですが、
やがて歌と踊りが衰えてきたことを自覚し、歌手の世界を引退します。

それ以降は、女優業に専念するようになりました。

そして、1981年笠置シヅ子さんが66歳の時に、乳がんが発覚します。
手術は成功しますが、2年後に卵巣に転移してしまいます。

1984年9月からは入院生活を送っていましたが、闘病もむなしく、
1985年3月30日、卵巣がんでこの世を去りました。70歳でした

まとめ

2023年下半期NHK朝ドラ「ブギウギ」のモデル「笠置シヅ子」さんについてまとめてきました。

代表曲でもある「東京ブギウギ」は、吉本穎右さんが亡くなられた後、大ヒットした曲です。

大切な人を亡くした自分自身が1番辛かったであろう時期に、東京ブギウギで日本中に元気を与えた笠置シヅ子さんは、強くたくましい方だったと言えますね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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